浜学園の歴史

浜学園の歴史

創設期

1959年、生徒2名でスタートした浜学園。創設当初より「英才児教育」を目指していました。

創設期 1959年、生徒2名でスタートした浜学園。創設当初より「英才児教育」を目指していました。

尼崎市の潮江に、「英語数学塾」として創設。創設時の生徒は、わずか2名でした。1960年、尼崎市の「浜」に移転し、今に続く「浜学園」の名称に。当時、有名私立校への進学を目的とする塾はほとんど存在していませんでしたが、浜学園には当初から「進学塾」としての意識がありました。「本来、子どもたちにはそれぞれの能力に応じた教育を受ける権利があるはず。能力差を考慮しない画一的な学校教育には、問題があるのではないか。」という考えから、優秀な生徒がさらに自分の強みを伸ばし、本来持っている才能を存分に開花させることのできる教育を目指したのです。

充実期

1974年、西宮に進出。今に続く浜学園の根幹システムが誕生。

充実期 1974年、西宮に進出。今に続く浜学園の根幹システムが誕生。

浜学園の教育基本方針や、公開学力テスト、復習テスト、生徒による授業アンケート調査の実施など、今も浜学園の根幹となっている教育システムが確立。当時の塾業界ではまだ珍しかったコンピューター・システムをいち早く取り入れ、一人ひとりの生徒に関する情報をしっかりと社内共有し、きめ細やかなサポートを行っていました。たゆまぬ努力が実り、1992年には、灘中合格者92名、12年連続日本一という驚異的な実績を残します。生徒数も14000名を超えるようになりました。

阪神・淡路大震災時も、困難を乗り越えました!

1995年の阪神・淡路大震災では、本部教室をはじめ各教室でも大きな被害を受けました。ですが、授業を心待ちにしている生徒のため、講師や職員が交通手段もままならない中で復旧に努め、2日後に授業を再開。延期された入試に向け、なんと2月の1ヶ月間、無料で授業を実施。64名の灘中合格者を出しました。

転換期

積極経営に乗り出し、7年間で15教室を開講。関西では知らない人のいない進学塾に。

転換期 積極経営に乗り出し、7年間で15教室を開講。関西では知らない人のいない進学塾に。

2002年からは、公立の学校では本格的にゆとり教育が開始。それに伴い、よりハイレベルな学習を望む生徒のニーズも増加しました。浜学園は、これまで培ってきた強みを活かしてさらに進化を遂げるため、積極経営に転換。スケールメリットを活かすことで、よりレベルの高い多くの講師陣を揃え、質の高い授業やテストが提供できるようになりました。

飛躍期

時代の変化に合わせて、次々と新規事業を開始。より幅広いニーズに応える浜学園へ。

飛躍期 時代の変化に合わせて、次々と新規事業を開始。より幅広いニーズに応える浜学園へ。

浜学園では長年、集団の中で生徒を競わせる集団授業のみを行ってきましたが、時代や生徒のニーズの変化を捉え、個別指導のHamax(ハマックス)を開始。また、幼児教室のはまキッズ、さらに、2011年にはWebスクールも開講。「自分のペースで学習を進めたい」といった幅広いニーズに応えることができるようになりました。近年では、駿河台学園との合弁会社「駿台・浜学園」の設立や河合塾マナビスの展開など、幼児教育から高校・大学受験までを多角的・長期的にサポートできる体制が整いました。生徒たちが、これからの人生を生き抜く基礎力を身につける場所として、浜学園の進化はまだまだ止まりません。